古い和本に残された「毛髪」が、江戸の食生活を語る――毛髪ミネラル検査から見えてくる、身体と暮らしの記録

「髪の毛から、過去の身体の状態がわかる」

毛髪は、血液のように「その瞬間」の状態を見る検体とは異なり、伸ばしていく過程でミネラルなどの情報を取り込みながら、一定期間の傾向を残していく特徴があります。弊社の毛髪ミネラル検査でも、毛髪に含まれるミネラルや有害金属を測定し、数か月単位の栄養状態や曝露の傾向を把握することに役立てています。

そんな「毛髪に残された過去の情報」が、なんと江戸時代から明治時代の人々の暮らしを知る手がかりにもなっていた――。

2026年8月、龍谷大学などの研究グループが、古い和本の表紙に漉き込まれていた毛髪を分析し、当時の都市庶民の食生活や生活環境を復元した研究を発表しました。国際学術誌『Scientific Reports』に掲載された、非常に興味深い論文です。

「古い本」が、なぜ毛髪を保存していたのか?

今回注目されたのは、江戸時代から明治時代にかけて作られた「和本」です。

当時の和本の表紙には、古紙などを原料とした再生厚紙が使われていました。そして、その紙を作る工程で、人の毛髪が偶然混ざり込んでいたのです。

研究グループは、龍谷大学大宮図書館の蔵書を中心に約7万冊の古い和本を調査。そのうち約400部から毛髪試料を収集し、元素分析や安定同位体分析を行いました。

さらに和本には、出版地や年代を示す「刊記」が残っているものがあります。

  • 「いつ・どこで作られた本なのか」が特定できる
  • その本に残された毛髪を調べることで「その時代、その地域で暮らしていた人々の食や環境」を推定できる

まさに、毛髪を内包した「暮らしのタイムカプセル」といえます。

江戸の庶民は「質素な食事」? ミネラルから見えた意外な事実

研究から見えてきたのは、江戸から明治にかけての都市庶民の食生活です。

同位体分析からは、食生活が米などのC3植物と海産魚を中心としており、時代が進むにつれて米への依存や海産魚の利用が増えていったことが示されました。

「米と魚が中心の質素な食生活だったのでは?」と思われがちですが、毛髪中の元素を調べてみると意外な結果が出ました。

歴史時代の毛髪からは、現代の都市住民と比較して、カルシウム(Ca)、鉄(Fe)、銅(Cu)、カリウム(K)、マンガン(Mn)など、複数の元素濃度が高い傾向が確認されたのです。

「食材の種類が多い=必ずしもミネラルが豊富」とは限らない。この事実は、現代の私たちにとっても深い示唆を与えてくれます。精白度の低い米や海産物、当時の調理法や加工・保存方法などが、ミネラルの供給や利用可能性に関係していたと考えられます。

「食べたもの」だけでなく「暮らしの痕跡」まで読み解く

今回の研究が特に面白いのは、毛髪から読み取れるのが単純な「栄養状態」にとどまらない点です。

例えば、歴史時代の毛髪では塩素(Cl)鉛(Pb)も高く検出されました。

  • 塩素:冷蔵庫がなかった時代、塩蔵による食品保存が一般的だった背景を反映
  • :当時使われていた「白粉(おしろい)」など、日常生活での曝露が要因として推察

毛髪を残された元素から分析することで、「何を食べたか」だけでなく、食品の保存法や調理器具、生活用品に至るまで、当時の「暮らしそのもの」に迫ることができるのです。

論文では、このように本の中に保存された生体情報を分析する学問的アプローチを「libraromics(ライブラロミクス)」と紹介しています。本そのものが生物学的なアーカイブになり得るという、実に刺激的な概念です。

過去と現代をつなぐ「毛髪の記録性」

毛髪は1か月に約1cmという安定したペースで伸び、その過程で成分を取り込んでいきます。そのため、血液検査とは異なり、一定期間にわたる傾向(履歴)を見やすいという特徴があります。

もちろん、何百年も前の毛髪から歴史を紐解く学術研究と、現在の健康管理を目的とした毛髪ミネラル検査は、アプローチも目的も異なります。

しかし共通しているのは、「毛髪には、過去の暮らしに関する情報が静かに記録されている」という事実です。

毛髪は、身体内部の出来事を完璧に写し出す魔法の媒体ではありません。元素濃度は食事量だけに比例するわけではなく、代謝や外部曝露など多様な要因が絡み合います。だからこそ、毛髪のデータだけでなく、食文化や歴史的背景と組み合わせて解釈することが重要になります。

これは、現代の毛髪ミネラル検査にもまったく同じことが言えます。数値だけに囚われるのではなく、日々の食事内容や生活環境と照らし合わせながら活用することにこそ、本当の価値があります。

「今の自分」を知るために、過去の積み重ねを振りかえる

今回の研究は、「昔の食事の方が健康的だった」と単純に結論づけるものではありません(鉛の曝露や塩分の高さなど、注意すべき点もあります)。

重要なのは、「私たちの毎日の積み重ねが、毛髪という身近な組織にひとつの『履歴』として残っていく」という視点です。

食べたもの、生活環境、日々の習慣。それらが自分の身体にどう影響しているのか。

毛髪ミネラル検査は病気を診断するものではありませんが、数か月単位の体の傾向を映し出し、自身の食生活や生活環境を客観的に見直すきっかけになります。

何百年前の和本に閉じ込められた一本の毛髪が、当時の人々の生き生きとした暮らしを教えてくれたように。あなたの髪もまた、今日までのあなたの生活を静かに記録しています。

「過去の自分」を振り返り、これからの健康をつくるための小さなタイムカプセルとして、一度ご自身の毛髪ミネラルバランスに目を向けてみてはいかがでしょうか。

参考文献

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