環境汚染に立ち向かう「光る」助っ人?微生物の力を借りたゼブラフィッシュの挑戦

今日は、私たちの食卓や環境に潜む深刻な脅威「メチル水銀」に立ち向かう、最先端のバイオテクノロジーをご紹介します。

2025年2月12日付の『Nature Communications』に掲載された驚きの研究。なんと、微生物の遺伝子を組み込んだ動物が、有害な水銀を自ら無害化し、空気中に逃がしてくれるというのです。

1. なぜ「メチル水銀」は厄介なのか?

メチル水銀は非常に強い毒性を持つ物質で、特に脳や神経系に悪影響を及ぼします。その最大の特徴は、「生物濃縮」です。

  • 蓄積の連鎖: プランクトンが水中の微量な水銀を取り込む。
  • 濃縮の加速: 小さな魚がそれを食べ、さらに大きな魚がそれを食べる。
  • ピラミッドの頂点: 食物連鎖を上がるほど、体内の水銀濃度は跳ね上がります。

私たちが食べる大型魚(マグロなど)に水銀摂取のガイドラインがあるのはこのためです。一度体内に入ったメチル水銀は排出されにくく、これまでの技術では、環境中の生物から水銀を効率的に取り除くのは極めて困難とされてきました。

2. 微生物の「武器」を動物に授ける

自然界には、水銀を分解できるタフな微生物が存在します。彼らは以下の2つの強力な酵素(武器)を持っています。

  1. MerB(有機水銀リアーゼ): メチル水銀を、より毒性の低い無機水銀に分解する。
  2. MerA(水銀還元酵素): 無機水銀を、揮発しやすい「金属水銀」に変える。

オーストラリアのマッコーリー大学を中心とする研究チームは、この微生物の遺伝子を、ショウジョウバエ(無脊椎動物)ゼブラフィッシュ(脊椎動物)に導入することに成功しました。

なぜゼブラフィッシュ?

体にシマ模様がある小さな淡水魚で、「実験界のスター選手」です。

  • 遺伝子の約70%が人間と共通している。
  • 体が透明で、体内の変化を観察しやすい。
  • 繁殖が早く、世界中の研究室で標準的に使われている。

3. 実験の結果:水銀が半分以下に!

この「エンジニアリング(遺伝子改変)された動物」たちにメチル水銀を与えたところ、劇的な効果が確認されました。

  • 蓄積量が50%以上減少: 通常の個体に比べ、体内に残る水銀が半分以下になりました。
  • ガスとして放出: 体内で分解された水銀が、極めて微量かつ無害なレベルの「金属水銀蒸気」となって体外へ放出されました。
  • 圧倒的な生存率: 通常なら死んでしまうような高濃度の水銀環境でも、彼らは元気に生き延びることができました。

4. この研究が変える未来と、乗り越えるべき壁

「遺伝子組み換え動物を自然に放つ」ことには慎重な議論が必要ですが、この技術は未来の環境を守る大きな鍵になるかもしれません。

  • 養殖の安全性向上: 水銀汚染が懸念される海域でも、魚自らに解毒能力を持たせることで安全な食材を確保する。
  • バイオレメディエーション(生物修復): 汚染地域の生態系で、食物連鎖を通じて効率的に水銀を「回収・気化」させる。
  • 廃棄物処理の効率化: 水銀汚染された有機廃棄物を、動物の力を借りてクリーンにする。

もちろん、実用化には「遺伝子改変個体が野生種に影響を与えないためのセーフガード(不妊化など)」や、倫理的な法整備が欠かせません。

これまでは「汚染されたら手出しできない」と考えられてきた食物連鎖の中の水銀。それを「生物自らの力で掃除させる」という逆転の発想は、環境保護の新しい扉を開く一歩になるはずです。

参考資料:

 Tepper, K., et al. “Methylmercury demethylation and volatilization by animals expressing microbial enzymes.” Nature Communications (12 February 2025).

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