四大公害病の一つである水俣病。その原因物質であるメチル水銀が引き起こす神経系の障害については、長らく研究されてきました。しかし、知覚鈍麻や運動失調といった主要な症候の陰で、患者さんがしばしば訴えていた「嗅覚障害」については、そのメカニズムが不明なままでした。
岡山大学などの研究グループが、メチル水銀が嗅覚系の神経に深刻なダメージを与えることを初めて明らかにし、水俣病の病態解明に大きな一歩を踏み出しました。
メチル水銀は「嗅覚系」のどこを傷害するのか?
研究グループは、水俣病を模倣したマウスモデルを用いて、メチル水銀曝露後の嗅覚系を詳細に調査しました。その結果、以下の重要な事実が判明しました。
1. 脳へのダメージ:嗅球と嗅覚野の神経細胞死
- 嗅球(きゅうきゅう):においを感じ取るための重要な脳領域です。この部位で、においのコントラスト調節に関わる「顆粒細胞」がメチル水銀の毒性に対して特に弱いことが分かりました。
- 大脳皮質の嗅覚野:においを認識する脳の領域でも、顕著な神経細胞死が確認されました。
また、これらの傷害部位では、神経細胞の死に関わるとされる「グリア細胞」の異常な活性化も観察されました。
2. 鼻へのダメージ:嗅細胞の部分的脱落
メチル水銀は汚染された魚介類の摂取(食事)を通じて体内に取り込まれますが、なんと鼻の粘膜にも水銀が蓄積していることが判明しました。これにより、においを感知する「嗅細胞」が部分的に脱落していることも確認されました。
ポイント!
食事を通じて体内に取り込まれるメチル水銀が、鼻や脳の嗅覚に関わる神経系全体を広く傷害することが、今回初めて科学的に実証されたのです。
なぜ嗅覚障害の解明が重要なのか?
今回の発見は、水俣病の病態解明に貢献するだけでなく、以下のような重要な意義を持っています。
- 水俣病の診断・検査への応用
水俣病の発生から60年以上が経過した今、新たな病理的証拠が得られたことで、今後、嗅覚障害という新しい切り口が診断や検査に役立つことが期待されます。
- 神経変性疾患との関連
アルツハイマー病などの神経変性疾患では、発病前の早期症状として嗅覚障害が現れることが知られており、早期発見の分野で注目されています。水俣病における嗅覚障害の研究は、他の神経疾患の理解にもつながる可能性があります。
- 環境化学物質の健康リスク評価
食事性のメチル水銀だけでなく、産業環境にある他の化学物質の中にも、嗅覚系に悪影響を及ぼすものが多く存在します。今回の成果は、揮発性が低い化学物質であっても、体内に移行することで嗅覚障害を引き起こす懸念があることを示唆しており、今後の環境リスク評価の議論を深める一助となることでしょう。
この研究が、メチル水銀の健康被害に遭われた方々の診断や今後のケアに役立つことを願っています。
参考論文:Characterization of pathological changes in the olfactory system of mice exposed to methylmercury;Archives of Toxicology 17 February 2024
https://link.springer.com/article/10.1007/s00204-024-03682-w
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