「更年期ヘルスケア」:必須ミネラル・有害金属を検査する意義


    Essential minerals and toxic metals: Useful biomarkers for health care in menopause


    安田 寛 (ら・べるびぃ予防医学研究所)


    概 要


    女性では40歳代後半から卵巣機能の低下によって様々な不定愁訴(更年期症状)が現れる。また、慢性的な運動不足や加齢・閉経に伴う自律神経活動の低下によって、肥満・糖尿病・高血圧症・高脂血症・動脈硬化症などの「メタボリックシンドローム」や骨粗鬆症も増えている。
    厚生労働省が「必須ミネラル」として食事摂取基準(1日当りの必要量)を定めているミネラルは、マグネシウム・カルシウム・リン・クロム・モリブデン・マンガン・鉄・銅・亜鉛・セレン・ヨウ素・ナトリウム・カリウムの13元素であり、ビタミンと共に生命活動に欠かせない微量栄養素である。
    飽食の時代と言われる現代社会では、美味しさの素である糖質と脂質は摂取過多の状況にあり、微量栄養素ミネラル・ビタミンの摂取量は相対的にも絶対的にも不足している。特に、中高年者で亜鉛・マグネシウム・カルシウムの不足が目立ち、現代病とも言われる生活習慣病の原因ともなっている。また、必須ミネラルが不足すると、水銀・砒素・鉛・カドミウム・アルミニウムなどの有害金属が体内に蓄積する。
    若い女性では、“スリム”願望から過度のダイエットに走り、その結果、微量栄養素不足とミネラルバランスの乱れ、更に、自律神経系・内分泌系のバランスも崩れて、体調不良を訴える人が少なくなく、更年期障害の遠因ともなっている。
    本稿では、知らぬ間に進んでいる有害金属蓄積の現状と、有害金属を解毒・排出する為に必要な微量栄養素“必須ミネラル”の重要性について、最近の科学的エビデンスも交えて紹介する。更年期を快適に過し、健やかな長寿を実現する一助になれば幸いである。(更年期と加齢のヘルスケア9:52-57,2010)


    キーワード:更年期、有害金属蓄積、必須ミネラル不足、網羅的ミネラル解析、食の重要性


    はじめに


    図1は、有害金属汚染による異常事例をまとめたものである。水銀・カドミウム・鉛・砒素の有害性については、水俣病・イタイイタイ病・鉛中毒・砒素中毒として、比較的よく知られている。特に、数年前に茨城県神栖町(現神栖市)で発生した井戸水汚染による砒素中毒事故は記憶に新しい。生活用品として汎用されているアルミニウムについては、透析患者における神経障害「透析脳症」の原因物質として実証され、注意が喚起されている。
    しかしながら、これら有害元素による慢性的な汚染が起っても、臨床検査項目に入っていないので、チェックできない状況にある。


    図1 有害金属による異常事例

    有害金属・ミネラルの検査の現状


    病院で受けることのできる金属検査として、血液中の鉄・銅・亜鉛の検査がリストアップされている。しかし、これらの項目も、貧血や亜鉛欠乏症の確定診断目的で検査されるくらいで、健康診断・定期健診などの一般健診では、対象外である。それ故、慢性的なミネラル不足や有害金属汚染が起っていても、見つけ出す手段が無く、前述のように、数年前にも砒素中毒事故が発生した。もし、ミネラル検査が実施されていれば、健康被害が出るまでに至らなかったのでは、と悔やまれる。
    毛髪ミネラル検査では、最新鋭の超高感度分析装置(誘導結合プラズマ質量分析装置: ICP-MS)を用いて、水銀・砒素・鉛・カドミウムなどの有害金属だけでなく、13種の必須ミネラルを含む26微量元素を一括して分析している1-4)。従って、有害金属の体内蓄積度、必須ミネラルの過不足、並びに、ミネラル相互のバランスがとれているか、を同時に評価することができる。

    日本人における有害金属蓄積と必須ミネラル不足の実態


    図2は、当研究所で検査した日本人2万8千余名のデータに基づく水銀蓄積量の年代別の平均値を男女別に示したグラフである。横軸は年代、縦軸は毛髪中水銀濃度の幾何平均値で表示している。
    成人では、男女共に加齢により水銀値は高くなり、60歳代でピークを示す。又、男性の水銀値は女性よりも有意に高く、顕著な「性差」がみられる5)
    砒素値も加齢と共に高くなり、「性差」も同様に見られる5)
    他方、鉛・カドミウム・アルミニウムは、水銀・砒素と異なる蓄積プロフィルを示す5)。この3種の有害金属に共通した特徴的な所見は、幼少児で成人より3倍前後も高い“幼児蓄積性”を示し、更に、成人では女性の方が男性よりも高い傾向にあることである5,6)。これらの有害金属は、いずれも脳の発達に悪影響を及ぼすことが知られ、近年増加している「自閉症・ADHDなどの発達障害」や「キレル子供」との関連が懸念される。


    図2 性別・年齢別の毛髪中水銀濃度(N = 28,424)

    性別年代別の毛髪中水銀濃度


    有害金属蓄積・必須ミネラル不足と生活習慣病


    生活習慣病の最大の危険因子である肥満度(Body Mass Index: BMI)とミネラルとの間に、統計学的に有意な関係があり、水銀・カリウム・ナトリウムはBMIと正相関し、マグネシウム・カルシウム・亜鉛は負の相関を示す2)(表1)。肥満度と水銀値が正相関する所見は、水銀値と動脈硬化との関連を示したSalonen らの報告7)と合致し、心臓疾患死亡率とMg摂取量が逆相関することを示した Karppanen の報告8)とも符合する。又、50-60歳代で水銀値にピークが現れるのは、水銀が蓄積する肥満者が長寿を全うできないためであると説明される。近年、マグネシウム不足が、高血圧・肥満・動脈硬化などの生活習慣病の原因となり、メタボリックシンドローム・心筋梗塞との関連が大規模疫学調査で明らかになっている8,9)。更に、マグネシウム摂取がメタボリックシンドロームのリスクを下げることも報告されている10)。メタボ対策には、糖質・コレステロール・中性脂肪と共に、有害金属・ミネラルについても考慮が必要である。
    マグネシウム・カルシウム・亜鉛は、加齢と負の相関を示すミネラルでもある3)。特に、体内に蓄積した有害金属の解毒・排出を促す“対抗元素”とも言われるこれらミネラルが、水銀と逆ベクトルで相関することは興味深い。
    味覚障害の原因として知られる亜鉛不足が、中高年者で増えている11)。亜鉛は、タンパク質の合成、細胞の修復・再生に欠かせないミネラルであり、老化現象と解されていた“皮膚創傷の回復遅延・褥瘡・視力低下・精力減退・食欲不振・舌痛” などにも関わっている11)
    カルシウム不足は、更年期以降に多い骨粗鬆症の原因と言われている。しかし、カルシウムだけを多く摂取すると、マグネシウムの体外排出が促されて、マグネシウム不足が起こる。カルシウムとマグネシウムのバランスのとれた摂取(Ca 2:Mg 1 ~ Ca 1:Mg 1)が大切である8)


    表1 肥満度(BMI)とミネラルとの関係


    ミネラル検査の有用性


    弊所の毛髪ミネラル検査では、有害金属や必須ミネラルなど26種類の微量元素を、質量分析装置を用いて一斉分析し、有害金属の蓄積度と必須ミネラルの過不足を同時にチェックすることができる。また、一人ひとりのお客様の検査結果に基づき、摂取すべきミネラルと食材をアドバイスしている。これまでに八万名を超える日本人の毛髪を検査し、水銀・砒素が加齢と共に蓄積すること3,5)、鉛・カドミウム・アルミニウムが幼少児で蓄積していること5,6)、自閉症児で必須ミネラルが不足していること1)、肥満度・加齢が水銀値と正相関すること2,3)、癌リスクと砒素値が正相関する(図3)こと4)などを報告してきた。また、26種の微量元素の検査数値に基づき、多変量解析を用いた統計学的手法によって、固形腫瘍の有無を80 %の確度で評価・判定する手法も開発した。
    最近の文献では、鉛汚染が小児の知能発達障害や更年期女性の高血圧と関連すること12,13)や、飲料水に含まれる砒素濃度とII型糖尿病発症との間に有意な相関があること14,15)が報告されている。
    有害金属の蓄積に加えて、鉄・銅・マンガンのような酸素親和性の高いミネラルの過剰摂取や、亜鉛・セレン・ビタミンC・ビタミンEなどの抗酸化ミネラル・ビタミンの摂取不足も、活性酸素の生成を促し、老化を加速する。
    原因不明の不定愁訴や体調不良でお悩みの方には、体内の有害金属の蓄積度と必須ミネラルの過不足・ミネラル相互のバランスをもチェックできる「網羅的ミネラル検査」がお奨めである。また、ミネラル検査で異常が判明すれば、汚染原因の究明・排除を行うと共に、不足しているミネラルを食事やサプリメントで補うなどの対処も可能になる。健康で快適なQuality of Lifeのために、役立てていただければ幸いである。


    図3 毛髪中砒素濃度と癌リスクとの関係

    毛髪中砒素濃度と癌リスクの関係

    Environ Health Prev Med 14: 261-6 (2009)


    おわりに


    効率性・簡便性が優先され、ファスト・フード、レトルト食品などが手軽に利用できる現代社会では、糖質・脂質の過剰摂取と共に、微量栄養素ミネラル・ビタミンの不足が知らぬ間に進行している。長寿国日本で永年最長寿県であった沖縄県において、中年男性死亡率が上昇して長寿ランキング26位に落ち込む(百歳以上の長寿者人口比率は高い)16) 事態が起っている。長い占領下で起こった戦後世代の“食の欧米化”と自動車の普及に伴う身体活動量低下が主な原因とされ、同様な現象が全国規模で起こるのでは、と懸念されている。
    ミネラルに関しても、下水道の普及によって農耕地への微量元素のリサイクルが遮断され、土壌は“ミネラル枯れ”に陥っている。その結果、農作物もミネラル不足をきたし、ビタミン含有量も著しく低下している。
    必須ミネラルの不足は、ダイエット指向の強い若い女性でも顕著であり、次世代への影響が懸念される。「食育」の必要性が叫ばれているように、警鐘として注意を喚起したい。
    健康で長寿を全うする為に、バランスのとれた食事・食生活が極めて重要である。更年期を快適に過ごし、元気な加齢・老化を実現する一助になれば幸いである。


    文献


    1. Yasuda H, Yonashiro T, Yoshida K, et al: Mineral imbalance in children with autistic disorders. Biomed Res Trace Elem 16: 285-291, 2005.
    2. Yasuda H, Yonashiro T, Yoshida K, et al: Relationship between body mass index and minerals in male Japanese adults.
      Biomed Res Trace Elem 17: 316-321, 2006.
    3. Yasuda H, Yoshida K, Fukuchi K, et al: Association of aging and minerals in male Japanese adults. Anti-aging Med 4: 38-42, 2007.
    4. Yasuda H, Yoshida K, Segawa M, et al: Metallomics study using hair mineral analysis and multiple logistic regression analysis: relationship between cancer and minerals. Environ Health Prev Med 14: 261-266, 2009.
    5. Yasuda H, Yonashiro T, Yoshida K, et al: High toxic metal levels in scalp hairs of infants and children. Biomed Res Trace Elem 16: 39-45, 2005.
    6. Yasuda H, Yoshida K, Segawa M, et al: High accumulation of aluminum in hairs of infants and children. Biomed Res Trace Elem 19: 57-62, 2008.
    7. Salonen JT, Seppanen K, Lakka TA, et al: Mercury accumulation and accelerated progression of carotid atherosclerosis: a population-based prospective 4-year follow-up study in men in eastern Finland. Atherosclerosis 148: 265-273, 2000.
    8. Karppanen H, Pennanen R, Passinen L: Minerals coronary heart disease and sudden coronary death. Adv Cardiol 25: 9-24, 1978.
    9. Belin RJ, He K: Magnesium physiology and pathogenic mechanisms that contribute to the development of the metabolic syndrome.
      Magnes Res 20: 107-129, 2007.
    10. He K, Liu K, Daviglus ML, et al: Magnesium intake and incidence of metabolic syndrome among young adults. Circulation 113: 1675-1682, 2006.
    11. 倉澤隆平、久堀周治郎:臨床現場における亜鉛摂取の問題点 「ミネラルの科学と最新応用技術」糸川嘉則監修、シーエムシー出版 pp.48-61, 2008.
    12. Sanna E, Liguori A, Palmas L, et al: Blood and hair lead levels in boys and girls living in two Sardinian towns at different risks of lead pollution. Ecotoxicol Environ Saf 55: 293-299, 2003.
    13. Nash D, Magder L, Lustberg M et al. Blood lead, blood pressure and hypertension in peri-menopausal and post-menopausal women.
      JAMA 289: 1523-1532, 2003.
    14. Kile ML, Christiani DC: Environmental arsenic exposure and diabetes. JAMA 300: 845-846, 2008.
    15. Navas-Acien A, Silbergeld EK, Pastor-Barriuso R, et al: Arsenic exposure and prevalence of type 2 diabetes in US adults. JAMA 300: 814-822, 2008.
    16. 厚生労働省老健局老人保健課:都道府県別死因の分析結果について 平均寿命(都道府県別生命表 厚生労働省大臣官房統計情報部)

      桑江なおみ、他:沖縄県における平均寿命、年齢調整死亡率、年齢階級別死亡率の推移. 沖縄県衛生環境研究所報 40: 121-127 (2006).




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