「The Silent Epidemic(静かなる流行病)」(著者Dr. Susan D Rich、2016年、Lulu出版)の概略紹介
生田 哲(薬学博士・らべるびぃ予防医学研究所顧問)


例えば、自分が妊娠していることに気づく前に、つまり妊娠を知らずに神経毒を飲んでしまった女性を想像してみてほしい。この神経毒は生まれてくる子供の脳にダメージを与え、学習障害、注意欠陥障害、多動、衝動性、感情の爆発を引き起こし、被害を受けた子供の10~15%は知的障害を残す。
 一部の女性は、その注意深さや知識、あるいは直感で神経毒を避ける。そして妊娠を注意深く計画し安全が確認されるまで妊娠を避ける。だが、一部の女性は無計画に妊娠し、神経毒の混入に気づかずにそれを飲む。彼女たちの子供の脳にダメージが生じることも知らずに。

ここでいう神経毒とは、私たちの大好きな薬物、「アルコール」のことだ。アルコールの神経毒は深刻で、脳にダメージを与える物質である。胎児性アルコール症候群(FASD, Fetal Alcohol Spectrum Disorders)は、社会に広まっているが防ぐことができる。著者のスーザン・リッチ博士によると、アメリカでは、じつに20人に1人の子供がこの問題を抱えている。
 アメリカでは若者による銃の乱射事件が多発し、多くの犠牲者が出ている。暴力犯罪を犯す若者の顔にしばしば共通するのが表情のなさで、これはFASDの特徴と一致する。同博士は、出生前のアルコールへの接触が暴力的・反社会的行動を引き起こす要因になっていると主張する。日本でも若者による突発的な暴力事件や原因不明の事件が多発しているが、FASDが一因となっている可能性があることを指摘しておく。
アメリカ精神医学会は、FASDを胎児期にアルコールに触れることで生じる神経発達障害(ND-PAE : Neurodevelopmental Disorder associated with Prenatal Alcohol Exposure)と定義し、同学会の出版する診断マニュアルであるDSM-5(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)に記載している。
 ND-PAEのうちで最も深刻なのが、胎児性アルコール症候群(FAS: Fetal Alcohol Syndrome)で、最も容易に確認できるケースである。だが、FASほど深刻ではないケースでも、妊娠中のアルコール摂取によって胎児の脳の神経細胞の増殖や発達、シナプスのつながりに悪影響が起こる。このことを多くの医師が見落としている。

リッチ博士の著書「The Silent Epidemic(静かなる流行病)」はアメリカにおける非常に重要な公衆衛生問題に焦点を当てている。それは、先天性障害と神経発達障害、知的障害を引き起こし、だが、予防できる主な原因についてである。その主な原因とは、母親が妊娠中に飲酒することだ。
地域医療、精神法医学、開業医といった幅広い経験を持つ同博士は、ND-PAEが社会に広まっていること、ND-PAEが暴力犯罪を引き起こす原因となっている可能性があること、さらに、ND-PAEの被害者は貧困層の若者だけでなく、中流家庭の若者にも及んでいることを指摘する。
ND-PAEは早ければ妊娠の最初の3週間目から生じるが、この時点で多くの女性は自分が妊娠していることに気づかない。同博士は、被害にあった子供は適切な診断と治療によって薬物乱用、施設への収容、失職、ホームレスといった生涯にわたる不幸から逃れることができると主張する。さらに博士は、子供たちがND-PAEのスクリーニングを受けるように提唱し、ND-PAEの子供たち、薬物乱用の親たちを支援しようと呼びかけている。

同博士は行動する知識人である。同博士はND-PAEの診断と治療をする臨床医であると同時に、妊娠前のケア、家族計画、教育を通し、公衆衛生の政策にも大転換を求める社会活動家でもある。社会活動家としての同博士は、アルコール産業に次のように行動をすることを呼びかける。

(1) 学校、地域社会を基礎にND-PAE予防のための予算を支出すること。

(2) 被害者のための住居を作り、治療サービスを提供すること。

(3) 性的に活発な飲酒する女性に避妊を選択し、妊娠中あるいは妊娠を計画している夫婦に禁酒を選択するように説明すること。

本書の著者リッチ博士は、アメリカ精神医学会認定の精神科医である。ノースカロライナ州立大学で生物学科を卒業してから4年半、バローズ・ウエルカム社という製薬会社の研究所に勤務した。しかし、胎児性アルコール症候群(FASD)の実態を知る医師があまりに少ないという事実を知り、FASDの予防と治療を職業とすることを目標に定め、1993年、進路を変更した。すなわち、製薬会社を退職し、医学部に入学、2001年に医学博士号を、1995年に公衆衛生の修士号を、どちらもノースカロライナ大学から授与された。

本書は産婦人科医、小児科医、精神科医などの医師、さらには、アルコール飲料の製造販売に携わる人に読んでほしい。医師は妊娠可能な年齢にある女性たちに胎児へのアルコールの影響を説明し、アルコール飲料の製造販売に携わる人は妊婦への警告など自社の製品への責任を自覚してほしい。




Dr. Rich is board certified by the American Board of Psychiatry and Neurology in child/adolescent and adult psychiatry. She holds both a Doctorate of Medicine (2001) and a Master of Public Health (1995) in health policy and administration from the University of North Carolina at Chapel Hill and a Bachelor of Science in microbiology from North Carolina State University (magna cum laude, 1989). After 4-1/2 years in pharmaceutical research in Research Triangle Park, NC, in 1993 she refocused her career to prevent and treat Fetal Alcohol Spectrum Disorders. Developing women's health programs in preconceptional care, family planning, and alcohol/other drug treatment in rural Native American communities, Dr. Rich moved to the Greater Washington, D.C. area in 2001 to complete a residency in psychiatry at Georgetown University Medical Center and a child psychiatry fellowship at Children's National Medical Center. She has served on the Executive Council of the Child & Adolescent Psychiatry Society of Greater Washington (2008-16), currently as incoming President; as physician member of the Montgomery County Alcohol & Other Drug Abuse Advisory Council (2012-13); and on the National Organization on Fetal Alcohol Syndrome Board of Directors (1998-2011); and as Member in Training Trustee of the American Psychiatric Association Board of Trustees (2003-05). She is author of several articles and book chapters and a recently published book on prenatal alcohol exposure.

The silent epidemic
Susan Rich

FASD Fetal alcohol spectrum disorders (FASDs)
胎児性アルコール症候群

Neurobehavioral Disorder Associated with Prenatal Alcohol Exposure DSM-5 胎児期のアルコール接触による神経発達障害



「胎児性アルコール症候群(FAS: Fetal Alcohol Syndrome)」とは、母親の妊娠中の飲酒が影響を及ぼした可能性が非常に高いといわれている胎児および乳児の発達障害、行動障害、学習障害を指します。

アルコールは、胃と小腸から吸収され、血液に溶け込み全身へ拡散されます。速やかに肝臓で代謝され、「アセドアルデヒド」という物質を経て、酢酸に変わり、無害化されます。しかし、肝臓の代謝能力以上のアルコールは、そのまま血液内に残ります。
まず、妊娠中に是非覚えておきたいことは、胎盤の重要性です。胎盤は母体と胎児を結んでいる大切な組織です。胎盤を通じて血液、酸素、そして豊富な栄養が胎児へ運ばれています。アルコールやアセドアルデヒドは胎盤を通過しますので、したがって、妊娠中の飲酒は、胎盤の血管を通じて、胎児にもアルコールを摂取させている状態になります。
授乳中に是非覚えておきたいことは、母乳は血液からできているということです。母乳には血液に含まれている栄養素が豊富に含まれています。したがって、授乳期間中に飲酒をすると、母乳を介して血液に含まれているアルコールなどを乳児に与えていることになります。
アルコールそのものは、麻酔薬と同じように脳の神経細胞に直接作用する事がわかっており、急速に発達している胎児、乳児の脳へ、影響する可能性は非常に高いと考えられます。



ご興味のある方はAmazonで購入可能です。